好酸球性副鼻腔炎に対する中国針と漢方薬併用治療による有効であった一症例

第六回世界鍼灸学術大会で発表した論文

中国鍼が花粉症患者の鼻汁・血液免疫反応に及ぼす影響

崔邁、葉軍:(財)ヘルス・サイエンス・センター中・西医結合研究所
八尾和雄:北里大学医学部耳鼻咽喉科
三富弘之 横澤正志:北里大学東病院病理

目的

中国鍼で日本のスギ花粉症を治療し、患者の免疫反応に関する血液の細胞・鼻汁細胞及びIgE抗体にどんな影響することを検討した。

方法

本研究はスギ花粉の飛散期間に行われた。48例を針治療のA群(n=24)とすべての治療を受けてないB群(n=24)に分けた。2群の間に年齢・罹病期間・症状の程度(A群治療前)・患者検査前の毎日平均花粉数の差は認められなかった (年齢P=0.23,罹病期間P=0.98、重症度χ2=1.37 P>0.05,花粉数P=0.71)。また以上の患者は群別に分けて検討することを知らなかった。 A群に中国医学の弁証により対応なつぼを取り,週2回のペイスで鍼治療を3回行い、B群と治療をしたA群の血液像・血算一式・IgE抗体・鼻汁細胞を測定した。

結果

1.血液検査の結果:IgE抗体ではA群はB群より,有意に低いことを示す(P<0.01),白血球と好中球両方ともA群の方がB群より有意に少なく(P<0.01),リンパ球では,A群はB群より,有意に多かった(P<0.01)。

2.鼻汁細胞診の 結果:鼻汁の総細胞数・肥満細胞(%)では,A群はB群より有意に少なく(P<0.01),鼻汁好酸球(%)では,A群はB群より有意に多かった(P<0.01)。

3.症状程度の観察結果:A群治療後、症状の程度はB群より有意に軽く(χ2=13.55 P<0.01),A群治療後の症状の程度は治療前より有意に軽いこと(χ2=11.34 P<0.01)が見られた。

結語

以上の結果は中国鍼が局部のアレルギー反応・炎症を抑制し,損傷された組織を回復させる効果があることを示唆している。

肥満研究

第六回世界鍼灸学術大会論文抄録集
(2004年)P33

第二回世界中西医結合大会で発表した論文

崔邁(旭山夏弥子):(財)ヘルス・サイエンス・センター 中西医結合研究所
八尾和雄:北里大学医学部耳鼻咽喉科
三富弘之 横澤正志:北里大学東病院病理

目的

本研究はスギ花粉症患者における中国鍼の治療効果について検討することを目的とした。

方法

40例スギ花粉症患者を対象にした。

結果

本研究はスギ花粉の飛散期間で行われた。くしゃみ・鼻水・鼻閉・眼の痒みの変化を観察指標とし、その程度をつらい・気になる・気にならない3段階で評価した。

(1)治療と記録:中医学基礎理論を基づき,本病を5つ証型に分けて,患者に弁証施鍼を3回(週2回)行った。患者から発症日と治療がなくて発症13日間後(初診時)の各症状の程度をアンケートに記録してもらい,治療を受けた13日後,各症状の程度もアンケートに記録してもらった。

(2)31例に鼻腔通気度計で鍼刺30分前後の総合鼻腔抵抗値を測定した。なお,患者に未治と治療に分けて検討する方法を知らせなかった。

結果及び考察

(1)治療効果:40例の4大症状の程度は未治で発症から平均13日後まで悪化したこと(くしゃみでχ2 =8.34 P<0.05,鼻水でχ2 =19.71 P<0.01,鼻閉でχ2 =29.21 P<0.01,眼の痒みでχ2 =18.57 P<0.01)に対し,治療後の症状の程度は治療前より有意に改善されたことが見られた(くしゃみでχ2 =14.22 P<0.01,鼻水でχ2 =12.37 P<0.05,鼻閉でχ2 =21.73 P<0.01,眼の痒みでχ2 =20.07 P<0.01)。さらに,未治と治療の症状の変化を増悪・変らない・改善に評価し,それを比較し,両方の間に有意差があった(くしゃみでχ2 =26.26 P<0.01,鼻水でχ2= 27.22 P<0.01,鼻閉でχ2 =41.49 P<0.01,眼の痒みでχ2 =41.03 P<0.01)。

(2)31例では,鍼刺30分後,総合鼻腔抵抗値の母平均の95%信頼区間の統計値は治療前より有意に低いことが見られた(母平均の差の検定では危険率5%で有意差がある,以下P<0.05のように省略)。従って鍼の花粉症に対する有意な治療効果を認めた。

Iはじめに

スギ花粉症は1964年掘口と斎藤1)により発見,提唱されて以来,1980年頃から急速に増加を示した。2)最近,その有病率は人口の10%を超えていると言われている。3)花粉症は命に関わらないが,患者の苦しみは大きく,患者数は増えてきて,その社会的な影響も無視できない状態となっている。

スギ花粉症の治療については,抗アレルギー薬の投与が一般的な治療方法である。しかし,抗アレルギー剤の眠気・催奇形性の副作用や,年年持続的服用するとその治療効果がなくなるために,患者から不満足を訴えることもある。近年,鍼治療を希望する患者が増えていく傾向が見られた。当中西医結合研究所では,毎年,50人前後の患者が通院している。鍼のスギ花粉症に対する治療効果についての文献は日本ではしばしば症例報告として見られているが,本格的な研究が見あたらない。
本研究は,スギ花粉症に対し,弁証施鍼の治療方法・観察指標・記録用紙(アンケート)・研究計画を設定し,国立相模原病院臨床研究部のご協力により,花粉の情報を得,スギ花粉症患者に対する中国鍼の治療効果について検討することとした。

II対象と方法

1.対象

40例を対象にした。その中,男性が18例で,女性が22例であり,年齢は42.1±13.6歳で,罹病期間は9.7±8.0年間であった。40例の中,重症者が31例,中等者(鼻アレルギー診療ガイドラインのアレルギー性鼻炎症状の重症度分類法により4)が9例であった。
40例は相模原市・横浜市・町田市の在住者であり,職業は学生・教師・主婦・サラリーマンで,特別な職業例えば,林業・農業労働者は認めなかった。すべての患者では,くしゃみ・鼻水・鼻閉・眼の痒みの発症季節が明らかであり(表1に参照する),アレルギー原検査では,スギ花粉に反応し,ヒノキ・ハウスダストなどに反応する例も多かった。
なお,われわれはすべての患者に本研究の未治と治療に分けて検討するとした方法を知らせてなかった。

2.方法

(1)研究期間と季節
われわれは1999から2002年まで4年間かけて研究をした。国立相模原病院臨床研究部から,毎年のスギ花粉の情報を得,すべての調査・治療はそれを参考にして,スギ花粉の飛散期間の中で行われた。
なお,スギ花粉の飛散期間(花粉が1個/平方センチ以上ある)について1999年は2月8日~4月29日で,2000年は2月7日~4月30日で,2001年は2月8日~4月27日で,2002年は2月6日~4月15日までであった。

(2)調査用のアンケートの作成
患者の年齢・性別・住所・職業・罹病期間・発症季節・アレルギー原確認などの調査,患者の症状の程度と変化を観察するために,患者へのアンケートを作成した。 本研究は花粉症の典型的な症状くしゃみ・鼻水・鼻閉・眼の痒みの変化を観察指標とし,その程度をつらい・気なる・気にならないといった患者にとって最も単純な印象をもとにした3つの段階に設定した。

(3)調査法
患者の非治療時,症状の変化を調べるために,患者に発症日と初診当日の各症状の程度をアンケートにつけてもらった。なお,発症から,初診日までの罹病期間は13.3±7.9日間であった。

(4)治療方法:患者に鍼治療を3回した。

(4-1)中医学による弁証論治

a.痰湿内蘊,外感風邪型
主証:くしゃみ,鼻水,鼻閉,眼の痒み,症状が軽い,口不渇,咳吐白痰,肥満などの症状を伴い,舌淡紅歯痕,苔白潤,或いは白膩,脈滑,或いは細弦。
治法:除湿化痰、疏風通竅
処方:上星・太陽・迎香・合谷・列欠・ 豊隆・太衝

b.痰熱内蘊,外感風邪型:
主証:くしゃみ,鼻水,鼻閉,眼の痒み,症状が重い、口渇,冷たい飲み物がほしくて,小便が黄い,便秘,さらに重くなると,身熱顔が赤い,目赤腫痛などの症状を伴い,舌紅苔黄膩,脈弦滑数。
治法:清熱化痰,疏風通竅
処方:上星・太陽・糸竹空・迎香・曲池・外関・合谷・列欠・豊隆・行間,熱が重い時,内庭をとる。

c.瘀血痰湿内阻,外感風邪型:
主証:鼻閉,くしゃみ,鼻水,眼の痒み,症状が朝重くて動いてから軽くなる,四肢が冷え,生理痛などの症状を伴い,舌暗,或いは瘀斑・瘀点苔白,或いは薄黄,脈弦。
治法:行気活血化痰,疏風通竅
処方:上星・太陽・迎香・合谷・列欠・血海・陽陵泉・豊隆・太衝

d.陰虚内熱,外感風邪型:
主証:眼の痒み,くしゃみ,鼻水,鼻閉,重い時,口・耳・咽喉部・頭皮も痒い,また身熱盗汗,口渇便秘などの症状を伴い,舌紅少苔少津,脈細,或いは弦細。
治法:清熱養陰,化痰,疏風通竅
処方:上星・太陽・糸竹空・迎香・合谷・列欠・風池・風門・肺兪・膈兪・肝兪・脾兪・胃兪・腎兪

e.肝火内鬱,外感風邪型:
主証:眼の痒み,くしゃみ,鼻水,鼻閉,ストレスが強い,いらいらし,怒りっぽい,口渇便秘などの症状を伴い,舌紅苔黄,脈弦。
治法:平肝清熱化痰,疏風通竅
処方:上星・太陽・糸竹空・迎香・曲池・外関・合谷・列欠・陽陵泉・豊隆・行間
また,中医弁証における症状別補足ポイント:鼻水が重い時,陰陵泉・隠白を,くしゃみが重い時,風池・曲池を,鼻閉が重い時,血海・陽陵泉・少商を,喉が痛い時,魚際・少商を,咳がある時,孔最を,痒みがつらい時,足臨泣や神門・三陰交を用いた。

(4-2)鍼刺方法:取穴の方法は中国教科書の《鍼灸学》に従い,治療には中国製の無菌鍼灸鍼を用いた。患者は仰臥位,或いは側臥位で,頭部・顔面部穴に1寸(直径0.25×25mm)鍼で0.3~1寸斜刺し,背部・手足の穴に0.5寸,井穴に0.1寸,その他の穴に2寸(直径0.3×50mm)鍼で1.5寸直刺し,平補平瀉の手法を用いた。得気後,30分留鍼し,治療は週2回のペースであった。

(4-3)記録方法
3回治療をした後,患者から各症状の程 度・治療中の副作用などをアンケートに記録してもらった。治療期間は平均13.7±1.3日間であった。

(5)総合鼻腔抵抗値の測定
本研究は鍼の鼻閉に即効性を観察するために,日本リオン社製鼻腔通気度計SR-11Aを用い,患者の座位で,吸気時P=100pascを基準点とし,31例患者に鍼刺30分前後の総合鼻腔抵抗値を測定した。

(6)記録・検定法
測定値を平均値±標準偏差で示した。治療 効果を分析する時,患者の非治療場合(発症時から初診時まで)の症状程度の変化・治療前(初診時)と治療後との間に症状程度の変化及び非治療と治療との間に症状変化の比較を2×h分割表による独立性検定法で検定した6)。また,総合鼻腔対抗値を測定された少数例に対し,治療前後の総合鼻腔抵抗値の危険率5%の母平均の信頼区間を推定し,対応のある2標本の母平均の差の検定法で治療前後総合鼻腔抵抗値の母平均の差を検定した6)。

III結果

1.治療効果

(1)各症状の変化
患者非治療の場合では,発症から平均13日間後(受診時)には4つの症状が発症時より,つらい例は増え,気にならない例は減り,有意に悪化したことを呈した(くしゃみ[n=38]でχ2=8.34 P〈0.05,鼻水[n=38]でχ2 =19.71 P〈0.01,鼻閉[n=36]でχ2 =29.21 P〈0.01,眼の痒み[n=35]でχ2 =18.57 P〈0.01)。それに対し,治療を受けた場合では,治療後の各症状が治療前よりつらい者は減り,気にならない者は増えて,有意に改善されたことが見られた(くしゃみでχ2 =14.22 P〈0.01,鼻水でχ2 =12.37 P〈0.05,鼻閉でχ2 =21.73 P〈0.01,眼の痒みでχ2 =20.07 P〈0.01)。

(2)未治と治療間の症状変化の比較 本研究では,患者の各症状の程度,つらい ことから気になること,或いは気になることから気にならないことを改善,逆になると,増悪とし,A群の発症から初診時まで,或いは治療前後の症状変化を増悪・変らない・改善3つの種類で評価し,未治と治療の間に症状変化の比較を行った。 くしゃみでは,未治の場合は,増悪者が19例,改善者が4例に対し,治療の場合は,増悪者が2例,改善者が22例であり,治療により,症状が有意に改善されたことが見られた(χ2 =26.26 P〈0.01)。鼻水では,未治の場合は,増悪者が24例,改善者が2例で,治療の場合は,増悪者が5例,改善者が20例であり,両方の間に有意差が見られた(χ2 =27.22 P〈0.01)。鼻閉では,未治の場合は,増悪者が25例,改善者が0例で,治療の場合は,増悪者が3例,改善者が24例となり,未治と治療の間に有意差があった(χ2 =41.49 P〈0.01)。眼の痒みでは,未治の場合は,増悪者が21例,改善者が0例で,治療の場合は増悪者が0例,改善者が20例であり,未治と治療の間にも有意差が見られた(χ2 =41.03  P〈0.01)。

2.総合鼻腔抵抗値の測定結果

31例では,総合鼻腔抵抗値の危険率5%の 母平均の信頼区間は針刺前には754.94±387.43pasc./l/sec.で鍼刺後には420.81±152.08pasc./l/sec.となった。治療前後の総合鼻腔抵抗値の母平均の差を検定したところ,有意差が見られた(P<0.05)。

3.鍼治療の副作用

鍼治療を受けた患者では,鍼治療による副 作用が見られなかった。

IV考察

日本では,スギ花粉症は1964年から,提唱 されて以来,その診断・治療は現代医学で盛んに行われているが,中医学では,その発症機序に対する認識も何年前から,徐々に形成されている。仙頭は生薬で花粉症を治療するために花粉症の中医学的なとらえ方について,過食・冷飲・薄着により,脾虚,或いは腎陽虚を招き,そして,湿或いは寒を生む。一方,過労・睡眠不足・ストレス過剰により,腎陰虚,肝鬱を起し,熱・燥・風の陽象を形成する。以上の湿と熱が結びついて湿熱を形成し,衛気虚弱・宣散失調が起こり,外界からの刺激に反応し,発症すると考えている7)。鍼灸の分野においては,二木氏は花粉症の原因が宗気の衰弱だと提唱している8)。土屋は“花粉症についての一考察”の医案を発表した。その中に花粉症の発症が複雑な病態生理であり,素体が肺腎肝の陰虚火旺・肝鬱化火・肝火上炎・肝胃鬱熱・大腸燥熱であれば,その上に風湿熱から始まり,もし,臓腑の気虚・陽虚などの陰寒素体であれば,風寒湿の侵入により発症する。しかし,この状態が一定の時間を経て,確実に熱証へ移行する。また,本病の病機が寒熱錯雑で相互に転化すると述べている9)。
スギ花粉症に対する鍼治療の効果について の文献が日本でしばしば,症例報告として見られるが,本格的な研究がなかった。天津中医学院第一付属医院の呂建明は中国の《鍼灸臨床雑誌》に“主に鍼灸治療による花粉症の治療体得”を報告している。彼はドイツで鍼灸診療の間に72例の花粉症患者を対象にして治療を行った。本病の特点が本虚(肺気虚・腎気虚・脾気虚)標実だと考え,主穴の迎香・印堂・列決・曲池・尺沢・風池の上に弁証(肺気虚・腎虚・脾気虚・血鬱)による対応な穴を加え,さらに吸玉の治療をした結果,治癒者が38例(52.78%)で有効者が29例(40.28%)で無効者が5例(6.94%)だと述べている10)。しかし対照群の設定がなく,統計学的な分析を行われていなかった。
本研究の前に,われわれは鍼で花粉症の患 者を治療し,よい効果が見られた。目的は中医基礎理論に基づく弁証施鍼の方法で,患者のアレルギー反応を抑制し,症状を改善することであった。今回,くしゃみ・鼻水・鼻閉・眼の痒みの程度を観察指標とし,患者での調査法と実験法を行った。非治療と治療の観察期間はそれぞれ13日間であり,同じ患者で治療と非治療の間に症状の変化を比較して鍼の治療効果を観察した。発症から治療を受けなくて,各症状の増悪者は自然改善者より多く,逆に治療を受けた後,症状を改善した例数は増悪者より多かった,統計分析で各症状の変化は未治と治療の間に有意差が見られた(P〈0.01)。
山本はリオン社製鼻腔通気度計SR-10・アンテリア法を使用し,鍼刺合谷・列欠に通電刺激(7分間)による鼻閉に対する治療効果を研究した。彼らは鼻腔通気度が生理的な仰臥位では,立位に比べ,鼻の通りが悪くなることを利用して,鼻閉を認めない37名を鍼刺群と対照群に分け,全員仰臥に1時間置くと,通気度が徐々に低下させた。その後,対照群では,ほぼ一定の値を保つ,鍼刺群では,刺激後,通気度が有意に高くなった結果を報告している11)。今回の研究は,リオン社製鼻腔通気度計SR-11Aを用い,鍼治療の鼻閉に対する効果を客観的な検査手段で観察した。31例スギ花粉症患者の総合鼻腔抵抗値の危険率5%の母平均の信頼区間は治療前より,30分鍼刺後は有意に降下することが見られた(P〈0.05)。

以上のことより,本研究の治療方法がスギ 花粉症に有効であることを認めた。

本研究は中医学におけるスギ花粉症の発症 機序について、臨床では,患者の症状・舌診・脈診から,本病を主に5つのタイプに分ける。患者の“本”の痰湿内蘊,或いは痰熱内蘊・瘀血痰湿内阻・陰虚内熱・肝火内鬱など(アレルギー体質)の上に“標”の風邪(花粉)を感受し,内外の邪気は肺・脾・肝三経に停滞し,清竅を犯して,くやみ・鼻水・鼻閉・目痒などを発症させる。 治療においては,除湿化痰,疏風通竅の 上星・太陽・迎香・合谷・列欠・豊隆・太衝穴を取り,それを基本処方とした。痰熱内蘊の場合では,基本処方の上に,清熱の外関・曲池・内庭を,瘀血の場合では,行気活血の陽陵泉・血海を,陰虚内熱の場合では,清熱滋陰の大椎・肺兪・肝兪・胃兪・腎兪を,肝火内鬱の場合では,平肝清熱の曲池・外関・陽陵泉・行間を加えた。弁証分型について,患者1人で,単純な1つタイプだけではなく,2つや3つタイプの病機を重ねる場合も多かった。また患者の食生活・生活環境・体質或いは治療により,証型は変るために,前の主証の所で述べた弁証ポイントを把握し,個人個人の病機に対して取穴をしなければならない。
病状の程度と発症段階について,臨床で は,熱象のない痰湿内蘊型・瘀血痰湿内阻型の病状が軽い,熱象のある痰熱内蘊型・陰虚内熱型・肝火内鬱型の病状が重いことは観察された。前者が治療をしない,或いは誤治の場合,症状が化熱により,悪化して行く,後者が治療により,熱象がなくなったら,病状も軽くなることがよく見られた。つまり,本病の頂点は熱証である。この認識は土屋の観点と一致であった。治療の時,病状を悪化させないため,患者が熱象なくても,補気・助陽の治法,或いは灸法をしてはいけない。化熱を防ぐために,清熱を常に心かけて治療を行うことは大切だと体得した。また,毎年患者から現す主な証型が違うことも感じた,呂建明はドイツで気虚の証型を観察したが,花粉の質やその年の花粉の量と関係があると考えている。いずれにしても,患者の症状・舌診・脈診による弁証論治をすれば,よい効果は得られるでしょう。 今回,スギ花粉症を以上の5つの分型と して,治療し,有意な効果を得た。このことより,日本のスギ花粉症に対し,このような分型の方法が今後の臨床においても,実用性があることを示唆している。
臨床では,鍼を刺した数秒後,鼻閉が改善し始め,30分後には,鼻閉の消失した症例が多く見られた。今回,スギ花粉症患者での鍼刺30分後の総合鼻腔抵抗値が治療前より,有意に降下することにより,鍼の刺激による局部の血管収縮,血流量の促進,間質浮腫改善の効果があることを推測できた。
現代医学における花粉症の発症機序につ いて,スギ花粉症はアレルギー性疾患であり,その免疫反応は主に液体免疫に属し,免疫応答にはリンパ球・マクロファージ・好中球・好酸球・好塩基球・肥満細胞などの細胞が関与する。
マクロファージに処理された抗原(花粉) はその抗原に対応するレセプターを持ったBリンパ球を刺激して増殖させる。Bリンパ球はその刺激により,一部が記憶細胞,一部が形質細胞へ分化する。形質細胞は再び,抗原の刺激により,大量に分化されて,その上にあるレセプターから,認識した抗原(花粉)に対するIgE抗体を分泌する。IgE抗体は局部における肥満細胞(結合組織型肥満細胞と粘膜型肥満細胞)や血中の好塩基球に付着する。それに抗原(花粉)が結合すると,それらの細胞から,ヒスタミンなどの化学伝達物質が放出されて,過敏症をひき起す12)。 局部の詳しい発症メカニズムをいうと, IgE抗体を付着した肥満細胞は2次抗原の刺激により,活性化する。その後,①細胞中の顆粒から,ヒスタミンを分泌する。ヒスタミンは直接作用,また鼻粘膜の三叉神経を刺激し,上唾液核大椎体神経,翼口蓋神経節を通じ,血管の拡張,透過性,腺体の分泌を強くさせ,くしゃみ・鼻水・鼻閉・眼の痒みなどの症状を起す。②好酸球・好中球・リンパ球などの遊走因子を活性化させ,これらの細胞が局所へ集まる。一方,局所の前駆細胞が鼻粘膜上皮細胞から,産生される分化・増殖因子の働きによって,肥満細胞・好酸球・好塩基球は分化,増殖する。そのために,局所炎症細胞の浸潤,間質の浮腫は起こり,粘膜の血流量は低くになり,鼻閉が起こる。③活性化された肥満細胞はCaサの関与により,ロイコトリエンを産生し(白血球もそれを産生る),平滑筋収縮・血管の透過性・腺体の分泌を促進し,鼻水・鼻閉を起こす13)。
一方,細胞免疫におけるヘルパーTリンパ 細胞が免疫促進の多種のインターロイキン(IL)を産生して,Bリンパ球の抗原特異的な分化・増殖を助ける。逆にそれを抑制するサプレッサーT細胞もある13)ことが知られている。 また,好中球は免疫反応では,活性酵素, プロテアーゼPAF・LT(蛋白質酵素)を産生し,局部の細胞を損傷すること14)や血中から組織・分泌物へ動員される好酸球は細胞中の顆粒からヒスタミナーゼ・アリルサルファターゼを産生し,アレルギー火消役割を果たす15)ことも考えられる。
スギ花粉症に対する針治療効果のメカニズムについて,筆者らは2004年第6回世界鍼灸学術大会で「中国針がスギ花粉症患者の免疫反応に及ぼす影響」の論文を発表した。この研究では,無作為的に中国針治療を3回した治療群(n=24)と治療をしない非治療群( n=24)を対象にして2群の間に検体の採取時,患者の症状程度はどう違うか,また免疫反応に関する白血球・好酸球・リンパ球・好塩基球・単球・好中球・IgE抗体・鼻汁細胞数・鼻汁好酸球・肥満細胞(鼻汁細胞診は大野トルイジンブルー染色法で行った16))の変動を観察した17)。その結果,治療群の症状は非治療群より有意に軽かったことが観察され(P<〈.01),アレルギー反応の重要な役割を果たす肥満細胞は治療群で有意に少く(P<〈.01),逆にアレルギー反応を抑制する鼻汁好酸球は治療群で有意に多かった(P<〈.01)。血液中の白血球・好中球は治療群の方が有意に少なく(P<〈.01),局所の鼻汁総細胞数も治療群で明らかに少ないことは認められた(P<〈.01)。また,血清IgE抗体は鍼治療群で有意に低く(P<〈.01),血液中のリンパ球は鍼治療群で多かった(P<〈.01)。
この研究の結果より,鍼が肥満細胞を抑制し,鼻汁好酸球を増やし,アレルギー反応・局部炎症細胞の浸潤を抑え,組織の損傷を回復させて治療効果が生じて来ると考えられた。
さらに鍼治療は全身のアレルギー反応にどんな影響があるかについて,今までの研究段階で明らかにできないために,今後,症例を増やして研究を進める所存である。

Vまとめ

本研究は弁証施鍼の治療方法・観察指標・ 記録用紙(アンケート)・研究計画を設定し,治療効果を観察するためにスギ花粉症患者において,調査・実験総合鼻腔抵抗値の測定を行い,鍼のスギ花粉症に対する治療効果を観察した。その結果は次のようである。

1.中国鍼のスギ花粉症に対する有意な治療効果が認められた。

2.以上の結果より,本研究に行われたスギ 花粉症に対する弁証分型・治療の方法が今後の臨床でも実用性があることを示唆している。

謝辞

本研究を行うにあたり,懇切な指導を賜りました中西医結合研究所所長・岡部治弥,副所長・寿田鳳輔先生に心から感謝申しあげます。鼻汁鏡検の際に,お世話になりました住金バイオサイエンス株式会社の冨武博文様に厚くお礼を申しあげます。研究を遂行するにあたり,ご協力いただきました当研究所の先生方に深く感謝申しあげます。

参考文献

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医道の日本

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第737号(平成17年、3月号)
2005年 P57~63(上)

第378号(平成17年、4月号)
2000年 P75~78(下)